東方MMDをやめるまでの話
ここ数年で私に知り合った方は存じ上げないと思いますが、かたもちというハンドルネームは10年ほど前に私が東方MMD活動をするにあたって名乗りだしたもので、当時はまぁMMDを非常に楽しんでおりました。
MMDを触らなくなってからは5年ほどでしょう。足し引きすれば活動期間は5年。
間違いなくこの期間は私にとって非常に楽しく、輝かしくさえ思える時間でした。誰かが作ったものを借り、作品を作り、それを届ける。それは誰かとの疑似的な共作でもありましたし一緒に遊んでいるようなものでした。あの文化のことが私は大層好きです。
今でもそんなことを時折思い返しますが、そのあとすぐ気が滅入って来る。
まぁ、いろいろあったんですよ。当時は黙っていましたけどね。立つ鳥跡を濁さずと言うもので、あの文化に恩義がある身としては愚痴をこぼすのは躊躇われたものです。だから楽しそうにしている人の邪魔はせず、思ったことは飲み込んで、ずっと、ず~っとモヤモヤしてきていました。
未練を断ちたいと思ったのはこの間の年末。自分の中の嫌悪を墓場まで持っていくまでの義理はないか、と思うようになって今ようやくいろいろ書きだしています。
俗っぽい言い方をすればこの記事は”お気持ち表明”です。とはいっても昔よく流れてきたMMDへの問題提起なんかではないですよ。ただの個人的な愚痴……というか引退までに至った言い訳です。飲み会で疲れた同僚から零された返しようのない話くらいに思っていてください。
そんなわけで、言い訳がいくつかあるので分けて書いていきます。
MMDへの飽き
先だって書いたようにこの記事は言い訳です。 客観的に考えれば、どうやったって引退理由の8割はこれでしょう。だから敢えて自己を戒めるために真っ先にこう書いておきます。まぁ、飽きは確実にありました。
具体的に言うと、作品が完成してもなんの感情も湧かなくなっていたのです。編集を終えて、投稿して、ミスがないことを確認したあとに出た気持ちが「だからなんだってんだよ」だった時、強くそのことを自覚しました。
二次創作というのは大前提に自己満足です。作り手が作品をよく思えなくなっては意義なんてものはありません。
いや、モデル動かしてエフェクトつけて映像作るのは楽しかったんですよ。「でもそれを作品にして投稿するって、なんでそんなことを?」と思い始めてしまったんです。
楽しみにしている人のため? 実際毎回ニコニ広告を打ってくれる人はいたし、それなりに再生数はありましたから待ってくれている人はいたのは間違いないでしょう。それは非常にありがたかった。
でも元々動画投稿は自分のためにやっていたことで、誰かが見てくれるということに義務を課したりする気はMMDを始めた当初から今現在に至るまでまったくありません。だから、誰も見てないからとかそういう気持ちはなかったです。
まぁですから、自分で自分の作品に価値を感じられなくなったらおしまいだったんです。
当初の目標を終えた
「このモデルを使いたい」私が東方projectの二次創作、その中でもMMDという媒体に目を付けたのはこういう明確な目標があったからです。
東方キャラのMMDモデルは数多くあり魅力的なものが多数ありましたが、その使用頻度にはかなりの偏りがあります。
要因はいろいろあります。例えば出来栄え。ファンメイドの出来映えは如何なものだろうと恥ずべきものでもありませんが、だからと言って周囲から必ず好かれるかは保証されません。 特定キャラには人気となる特定のモデルというのがたいていは定まっていました。
あまりにも尖った作風で使いにくいモデル、既に忌避されるイメージがついてしまったモデル、人気が衰えた後年に配布されたゆえに知名度に劣るモデル……ほかにも使われない理由はたくさんありました。
作品が誰彼からも好かれる保証はない。けれど、誰かが必死に作ったものは尊重はされるべきです。せめて動画にくらいしてやりたい。全部のモデルは無理でも、私が好きなモデルくらいには何かしてやりたい。
そんなわけで色々とモデルを使い続けてきました。
意義は多分あったと思います。
私のフォロワーの範疇で私が使ったモデルをチラホラ見かけるようになりましたし、モデル配布者本人から反応が来ることもあったし、感銘を受けてくれたモデラーが私が使うためにモデルを新規作成してくれるなんてこともありました(これは特にうれしかった)。
それで満足してしまったところがあるのでしょう。私がいなくてももうこのモデルたちは使われるし、好かれている。そう思うとMMD作品を作る意義はますます薄れていきました。
生成AIの登場
誤解を生みそうですが、生成AIで動画が作れるならもうMMDしなくていいじゃんという話ではありません。生成AIの登場でツイッターの様子がずいぶん変わったのは皆さんも知っての通りです。
MMDで素材を配布する人たちはみなある程度のスキルを持った技術屋さんです。そうした技術屋が新たな技術に興味を持つことはごくごく自然なことです。私のTLもずいぶん生成AI関連のものが増えました。
これもまた誤解されそうですが……私とて技術で生計を立てている身です。人が新たな技術に興味を持つことへ対して否定をしたくありません。こうした流れは普通のことだと思いました……技術に興味を持つことに関しては、です。
生成AIが流行ると同時に何が起きたと思いますか? 過剰な絵描きへの罵倒です。
ダムが決壊したかのようでした。
私がかつてお世話になった配布者たちが続々と絵描きに対しての挑発的な発言をし、怨嗟をばらまき始めたのです。それも一人ではなく、複数です。とても信じられぬ光景でした。
なぜ絵に対してここまで怨恨を持っているのかとか、あなたにはあなたの技術があるじゃないかとか、なぜここまで酷いことを公言できるのかとか、色々思いました。
でも真っ先に思ったのは「こんな人たちとは協力できない」でした。
MMDは借り物文化です。人の配布物を使うからには、それなりの敬意を持つ必要があると常に思っていましたしそれが美しいのだと思っていました。誰かの作品を尊重する、だから成り立つ文化だと本当に思っていたのです。
あの時のTLはあまりにあさましく、悲しい光景でした。
周囲と東方原作への意識の差
私へよく来た賞賛として「キャラが原作っぽい」というものがあります。二次創作へのコメントとして皆さんこれをどう思いますか?
私は内心、ずっと違和感がありましたし、しまいには仄かに苛立ちを感じるようにさえなっています。
原作っぽいってなんだよ。二次創作なんだから原作意識するのが当たり前じゃないのか?
まあ、最初から東方の二次創作文化はあまり原作への馴染みがないあまりに特殊なものだというのは知ってはいたのです。そうした状況を加味して、私が多少でも原作を意識した作品を作って、少しでも原作に興味を持つ一助になればいいというのも東方MMDを始めた理由の一つではありました。色々な志があったのです。楽しいだけではとてもやっていられぬ趣味でした。
言われ始めはね、嬉しかったんです。ちゃんと原作が意識していることができているんだなあと。でもよく考えたらこれ言っている人って別に原作触ってないんですよ。というか二次創作を作る人たちがまさかあそこまで原作をしていないとは思いもしなかったんです。
活動して2年目くらいでしょうか。気付いたら「じゃあなんだよこの言葉」と思い始めるようになりました。キャラが原作っぽいという賞賛を聞くと、周囲と私の原作への意識の差を明示させられるようでした。
他人に創作(ないしオタク的行動すべて)のモチベーションを左右されるのはしょうもないとは思うんです。でも熱量の違いってだんだん孤独感を感じさせるのです。「みんな東方原作が好きだからMMDやっているわけじゃないんだぁ」と思うと帰属意識というか東方MMDで頑張る気力が削られていくようでした。
トドメだったのが配布者が「新しい原作キャラはよく知らんわw」といった発言をしていたことで、あれは本当に心が折れた。ふんどしを借りている相手をここまで軽視できるのかと、またMMDという文化への理想が砕かれたようだった。
余談:私の影響か分かりませんが原作を深くプレイしているMMDフォロワーもいました。個人的に勝手にすごくありがたく思っているし、とても大切なフォロワーと思っています。フォロワーのおかげで自分の理念に意義はちょっとでもあったのかなと思えています。ありがとう。
性的コンテンツとしてのMMDへの嫌悪
皆さんはセクハラって受けたことありますか? 私はMMDであります。東方原作は多数の女性キャラが登場していますが、色気は基本的に出していないコンテンツです。たとえば黄昏ドット絵でも露骨なサービスを出さぬよう指示があったとかという話を聞いております。妙な色気があると世界観が崩れるのだろうなと私は思っております。仏教で猥談が禁じられているのと同じかなと。
私もそれに倣って色気は可能な限りカットして作品を作っていました。少女が少女らしく生きている世界観が好きだったのです。
わかりやすいところで、動画内ではパンチラを厳禁としていました。これはモデルの規約になっていることもありますし、何よりパンチラがあるとコメント欄がそれに触発されたもの一色になって雰囲気が台無しになるからです。
そういうわけである程度アニメーションを作り終えたら毎回動作をチェックをして、問題があればその都度修正をして作品としていました。なかなかの手間ではありましたが、非常に重要なことだと考えていたのでそうした修正に手間は惜しまずにいました。
でも一人で修正していれば漏れは出るものです。
ある時パンチラを見逃したまま動画投稿をしてしまったことがありました。投稿日から間もなく「パンチラ最高です!」という感想が来ました。
ひどい嫌悪感でした。
自分がやってしまったミスを恥ず気持ちもありましたが、一年くらいかけて作った動画への感想でたった一回あった意図しないパンチラを取り上げられたことが信じられませんでした。
私はいったいどんな人間に向けて作品を発信しているのだろうかと投稿する意義を考え直さずにはいられませんでした。
そんな人は大多数のうちの一人です。考えすぎるなと思うでしょう。作品が自分の都合よく好かれるはずはないんですから。
でも、色々考えてしまったのです。その頃の東方MMDは検索すると際どい恰好をしたモデルが踊る動画がわんさか出てきていた頃でした。そういう作り手もいるだろうけど、私は私の作りたいもの作るからまあいいやと思っていましたが、見ている側からそういう感想が来たことで性的な作品以外求められていない気がしてしまい……。
動画を公開する意味が良くわからなくなりました。
いろいろ、あったね。振り返ると。
MMDをやめる間際では嫌なこともあったし、満足いったからやめた側面もあります。両方とも嘘じゃなくてね。
本当に好きだったんですよ。少なくとも、寝食忘れてという言葉を使えるくらいハマった趣味はこれが唯一でした。本当に楽しくて、でも思い返すとつらいんですよ。
良い文化で、楽しい思い出でした。書き出してようやく、ショートカットを消す踏ん切りがつきました。もう戻ることはないでしょうしね。これ以上はあまり振り返らないようにします。
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